想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人
相続対策コンサルタント
堀亜砂子です!
先日、Audibleで西尾潤さんの『マルチの子』を聴きました。
タイトルのとおり、マルチ商法、いわゆるMLM(マルチレベルマーケティング)を題材にしたサスペンス小説です。
主人公は21歳の鹿水真瑠子。優秀な姉と愛嬌のある妹に挟まれ、自分にはこれといったものがないという思いを抱えながら、毎日をなんとなく過ごしています。
そんな真瑠子が、アルバイト先で見つけた「磁力と健康」に関する無料セミナーをきっかけに、健康寝具を扱うネットワークビジネスの世界へ入っていきます。最初から大金を稼ごうと意気込んでいたわけではありません。
セミナーに参加して新しいことを学び、仲間と出会い、自分にもできることがあると感じる。
やがて人を勧誘する才能を発揮し、組織の中で評価され、ランクも上がっていきます。
それまであまり人から認められる経験のなかった真瑠子にとって、自分を評価してもらえるその場所は、次第に大きな意味を持つようになります。ところが、ランクや売上を維持するために自ら商品を購入したり、お金を借りたりするうちに、少しずつ歯車が狂っていきます。
その後、別のネットワークビジネスへ移り、さらに物語は仮想通貨を使った仕組みにまで広がっていきます。
著者自身の経験をもとにした物語
この作品が興味深いのは、著者自身の経験がもとになっていることです。
西尾さんは20歳のころから2年半ほど、実際にマルチ商法の世界で活動していました。
一時は自身の組織が約800人規模となり、最年少でゴールドランクに昇格。
月収が150万円を超える時期もあったそうです。
ところが、売上を作るための自腹での商品購入などで支出も膨らみ、最終的には約700万円の借金を抱えることになりました。
もちろん、『マルチの子』は西尾さん自身の体験をそのまま再現した自伝ではありません。
登場人物には実在の人物をモデルにした部分があり、セミナーや勧誘の場面なども、自身の経験と取材した内容を組み合わせて描いているそうです。
それでも、実際にその世界にいた人だからこそ書けるであろう、セミナーの熱気や仲間との一体感、ランクが上がっていく高揚感などがとてもリアルに感じられました。
印象に残ったのは、真瑠子が単純に「お金が欲しいから」この世界にのめり込んでいったわけではないことです。
自分を変えたい。もっと成長したい。人から認められたい。
そうした気持ちは、誰にでも多かれ少なかれあるものです。
むしろ一見すると前向きにも思えるそんな気持ちが、少しずつ真瑠子を深いところへ連れていく。
そこが、この作品のとても興味深いところでした。
なぜ、途中でやめられないのか
聴きながら何度も、「ここでやめればいいのに」と思いました。
借金が増え、生活が苦しくなり、思うような結果も出なくなっている。
それでも真瑠子は、なかなかその世界から離れません。
けれど物語を追っていると、それほど単純な話ではないことも見えてきます。
そこには、それまでに得た成功体験があり、一緒に頑張ってきた仲間がいて、自分を認めてくれる人たちがいます。
そして、すでにつぎ込んだ時間やお金もある。
そこには、すでに費やしたものを惜しむあまり、やめるという判断が難しくなる、いわゆる「サンクコスト効果」も働いているように感じました。
そして何より、一度はその世界で「自分にも価値がある」と感じることができた。
だから、うまくいかなくなったからといって、簡単に「では、やめよう」とはならないのでしょう。
「もう少し頑張れば」
「今度こそ」
そんな思いが、かえって次へ進む力になってしまう。
真瑠子が次々と違うネットワークビジネスへ移っていく姿を見ていると、対象が変わっても、本人がそこに求めているものはそれほど変わっていないようにも見えました。
外から見れば不思議に思える行動でも、その人がそこに至るまでをたどっていくと、それなりの理由がある。
この作品を聴いていて私が興味を惹かれたのは、マルチ商法の仕組みそのもの以上に、そんな人間の心理でした。

「マルチにハマりやすい人」とは
作品の最後に、西尾さんはマルチにハマりやすい人の特徴として、三つのことを挙げています。
①自分に満足できていない
②勉強熱心
③自己評価が低い
この中に「勉強熱心」という、一見するとむしろ長所に思えるものが入っているのが印象に残りました。
もっと知りたい。もっと成長したい。今よりよい自分になりたい。
そう思って新しいことを学び、人と出会い、行動すること自体は決して悪いことではありません。
むしろ、そうした気持ちは人生を豊かにしてくれる大切な原動力となり得ます。
一方で、その根っこに「今の自分では足りない」という思いが強くあると、「成長したい」という気持ちが、かえって自分を追い立てるものになることもあります。
「これを手に入れれば変われる」
「ここで成功すれば認めてもらえる」
「もっと頑張れば、なりたい自分になれる」
そんな思いが強くなるほど、思うような結果が出なくても、かえってそこから離れにくくなる。
西尾さんが挙げた三つの特徴は、誰かを分類したり評価したりするためではなく、自分自身を振り返るための視点として受け取ると、とても興味深いものだと思いました。
マルチに限った話ではない
そして最後まで聴いて、これはマルチ商法だけに限った話でもないように感じました。
仕事でも、投資でも、勉強でも、趣味でも。
最初は自分を豊かにするために始めたことが、いつの間にか「もっと」「まだ足りない」と自分を追い立てるものに変わってしまうことがあります。
もちろん、何かに夢中になることや、目標に向かって努力することが悪いわけではありません。
大切なのは、ときどき自分自身に問いかけてみることなのだと思います。
「私は今、心から楽しんでいるだろうか」
「これをすることで、私の人生は豊かになっているだろうか」
「私はここに、何を求めているのだろう」
『マルチの子』を聴き終えて残ったのは、「マルチ商法は怖い」というネガティブな感想などではありませんでした。
人は、自分を変えたいと思う。誰かに認められたいと思う。もっと幸せになりたいと思う。どれも、ごく自然な気持ちです。
だからこそ、自分が何かに強く惹かれたとき、その対象だけを見るのではなく、「なぜ私は今、これに惹かれているのだろう」と、自分の内側にも目を向けてみる。
そんな視点を持つことの大切さを、改めて考えさせられた作品でした。
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