映画『痛くない死に方』を観て――自分はどんな最期を迎えたいのか

堀亜砂子
堀亜砂子

想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人
相続対策コンサルタント
堀亜砂子です!

Amazonプライム・ビデオで、映画『痛くない死に方』を観ました。
2021年公開、高橋伴明監督・脚本、柄本佑さん主演の作品です。

原作は、長年にわたり在宅医療に携わってきた医師・長尾和宏さんの著書『痛くない死に方』『痛い在宅医』。
現在、映画の公式サイトは閲覧できなくなっているようですが、原作者である長尾和宏医師のサイトに映画の紹介ページがあります。

タイトルから、穏やかな在宅での看取りを描いた映画なのかなと思って観始めたのですが、前半は想像していたものとはまったく違いました。
むしろ、観ているこちらまで苦しくなってくるような、終末期を迎えた患者と、それを自宅で支える家族の壮絶な姿が描かれます。

「家で死ぬ」だけでは穏やかな最期にならない

主人公の河田仁(柄本佑さん)は在宅医。
前半で担当するのは、末期の肺がん患者・大貫敏夫(下元史朗さん)です。

病院で延命治療を続けるのではなく、自宅で最期を迎えたい。
その希望をかなえようと、娘の智美(坂井真紀さん)は父親を自宅で看護します。
けれども、そこで待っていたのは、「住み慣れた自宅で家族に囲まれて穏やかに」というイメージとはほど遠いものでした。

日に日に衰弱していく父。
苦しそうな呼吸。
食べられなくなり、身体は痩せていく。
そばで見守りながら、どうしてよいのかわからない娘。

頼りにしている在宅医の河田は、病院から引き継いだデータをもとに判断し、電話で指示を出すばかりで、患者本人を十分に診ようとしていません。



そして父親は、激しく苦しみながら亡くなります。
この場面はかなり長く、生々しく描かれていて、観ているこちらも苦しくなってしまうほどでした。

高橋伴明監督は、前半の死をここまでしっかり描かなければ後半につながらず、河田医師の成長を描くためにも、
患者の死に様だけでなく、寄り添う家族の心の痛みや、その根底にある医療の負の部分までさらけ出す必要があったと語っています。

父親を見送ったあと、娘の智美が河田にぶつける言葉があります。

「私の心が痛いんです」



自宅で看取るという父の希望をかなえたはずなのに、本当にこれでよかったのか。
病院にいた方が苦しまなかったのではないか。
自宅に連れて帰った自分が、かえって父を苦しませてしまったのではないか。

亡くなった本人だけではなく、看取った家族にも痛みが残る。
高橋監督は、この智美の言葉を「映画の肝」と位置づけています。
「家で死ぬ」ことと「穏やかに死ぬ」ことは、同じではないのだと思い知らされた気がしました。

「待てる医師」へ

智美の言葉を受けた河田は、自分が行ってきた医療を見直します。
そして、原作者の長尾和宏医師をモデルにした先輩在宅医・長野浩平(奥田瑛二さん)のもとで学び始めます。

そこで河田が教えられることの一つが、待てる医者になれということでした。
この言葉はとても印象に残りました。

医療というと、何か異変があれば処置をする、薬を使う、点滴をする、数値を改善させる――そんなふうに「何かをする」ことを思い浮かべます。
けれども、人が人生の最終段階に入ったときには、「すること」だけが医療ではない。



映画の中で語られる、「枯れて死ぬ最期(平穏死)」と「溺れて死ぬ最期(延命死)」という対比も強く印象に残りました。
最期が近づくにつれて、人の身体は食べ物や水分を受けつけなくなっていきます。
そのとき、「食べられないから」「水分が足りないから」と点滴などで水分や栄養を補い続けることが、必ずしも本人を楽にするとは限らない。

映画では、自然な経過の中で身体の水分が減っていく「枯れて死ぬ最期」と、身体が処理しきれないほどの水分を入れることで、むくみや痰などが増えて苦しくなる「溺れて死ぬ最期」とが、対照的に語られます。

かなり衝撃的な表現ですが、前半で苦しみながら亡くなっていく患者の姿を観たあとだけに、この対比が強く胸に残りました。そしてこの話を知ると、「待てる医者になれ」という言葉の意味も、より具体的に見えてきます。

食べられなくなったから、すぐに何かをする。数値が悪くなったから、元に戻そうとする。
そうではなく、その変化が治療すべきものなのか、それとも人生の最終段階で身体が自然にたどっている変化なのかを見極める。



必要なことはする。苦痛があれば和らげる。けれども、命をただ引き延ばすためだけの医療を重ねるのではなく、その人の身体が自然にたどっていく経過を見守る。そして、待つ。

何かをしないことと、何もしないことは違うのだといいます。
河田は、病気だけではなく、その人の「人生」を見る在宅医へと変わっていきます。

二年後、もう一人の患者との出会い

それから二年。
河田は、もう一人の末期がん患者・本多彰(宇崎竜童さん)を担当することになります。

ここから、映画の空気が大きく変わります。
本多は、かつて学生運動に身を投じ、その後、大工の棟梁として生きてきた自由人。
病気になってもどこか飄々としていて、川柳を詠み、河田にも冗談を飛ばします。

妻のしぐれ(大谷直子さん)とのやり取りも印象的です。長年連れ添った二人らしく、軽口をたたき合い、笑う。
死が少しずつ近づいているのに、家の中に流れているのは「死を待つ時間」だけではありません。
そこには、それまでと同じように二人の暮らしがあります。

前半の大貫家に漂っていた、いつ何が起こるのかわからない張り詰めた空気とは、まるで違います。
もちろん、本多も次第に衰えていきます。

それでも河田は、前半のように病気や検査データだけを見る医師ではなくなっています。


見守る。必要なことをする。そして、待つ。



映画の前半と後半を続けて観るからこそ、この「待つ」という行為の重みが伝わってきます。
なお、この本多夫妻の物語は、原作に書かれた実話をそのまま映像化したものではないそうです。

高橋監督によれば、前半は『痛い在宅医』という原作をもとにしていますが、後半は監督による創作。
その根底には、監督自身の「こういう死に方をしたい」という思いがあったそうです。

本多という人物にも、高橋監督自身の人生がかなり投影されています。
監督はインタビューで、「どう死ぬかっていうのと、どう生きるかっていうのは、同じだと思う」と語っています。

私は、この言葉がこの映画をよく表しているように感じました。
最期だけを切り取って、「よい死」にすることはできない。

どう生きてきたのか。何を大切にしてきたのか。誰と時間を過ごしてきたのか。

本多の最期がどこか本多らしく見えるのは、それまでの彼の人生の延長線上に、その死があるからなのだと思います。
そして本多は、妻と在宅医に見守られながら、最期のときを迎えます。
前半の看取りとはまったく違う、静かな時間が流れていきます。

亡くなった後には、大工仲間たちの木遣り歌が響きます。
「死」という重い出来事を描いているのに、どこかその人らしい人生を最後まで生ききったような余韻が残りました。

LIVING WILL――元気なうちに自分の意思を伝えておく

この映画の中では、「LIVING WILL(リビング・ウイル)」についても語られます。
原作者の長尾和宏医師も、この作品について、尊厳死やリビング・ウイルについて理解してもらえる映画だと公開時に語っています。

リビング・ウイルとは、自分で意思を伝えられなくなった場合に備えて、人生の最終段階でどのような医療やケアを望むのか、あるいは望まないのかについて、あらかじめ自分の意思を示しておくことです。
映画の中でこの言葉が出てくるのは、とても重要だと思いました。



「延命治療は受けたくない」「できるだけ自然な形で最期を迎えたい」
自分ではそう思っていたとしても、そのとき自分に意思を伝える力が残っているとは限りません。
そして、いざ容体が急変したときに判断し、行動するのは周囲にいる人たちです。



本人が何を望んでいたのかを、家族や医療者が知らなければ、その意思を尊重したくても尊重することができません。
さらに、書面を一枚作っておけば、それですべて解決するというものでもないのでしょう。

自分はどんな最期を望むのか。どこまでの医療を望むのか。
その思いを周囲の人や医療者と共有しておく。
映画を観ていると、そこまで含めてのLIVING WILLなのだと感じます。

「救急車 在宅看取り 夢と消す」

映画の最後に出てくる川柳調の言葉が、とても心に残りました。

「救急車 在宅看取り 夢と消す」



高橋監督は、重い映画にしたくなかったことや、長々と台詞で説明する代わりに、自分が伝えたいことを本多がノートに書き綴っていた「川柳モドキ」に託したと語っています。この一句も、短いけれど実に重い言葉です。

在宅で最期を迎えようと決めていても、いざ容体が急変すれば、そばにいる人は怖くなるでしょう。
苦しそうにしている。呼吸がおかしい。このまま死んでしまうかもしれない。

そんな姿を目の前にして、何もしないで見守ることがどれほど難しいか。
思わず救急車を呼びたくなって当然だと思います。
けれども、救急車を呼ぶということは、基本的には命を救うための医療へつなぐことでもあります。

実際、映画の紹介でも、成長した河田は「患者や家族が救急車を呼ぶ前に」患者の自宅へ駆けつけ続けている、と説明されています。

「自宅で自然に最期を迎えたい」そう決めるだけでは、実現できない。



本人がどうしたいのか。家族はその意思を知っているのか。
最期が近づいたとき、どんな変化が起きるのか。
そのとき、救急車ではなく誰に連絡すればよいのか。

本人、家族、医療者がそこまで共有して、初めて本人が望んだ看取りに近づけるのだと思います。
そして私は、LIVING WILLという言葉を聞きながら、母が残していた手紙のことを思い出していました。

母が80歳のときに残した手紙

母は80歳のころ、私たち家族に宛てて2枚の便箋に手紙をしたためていました。
ただ、私たちがその手紙を見つけたのは、母が体調を崩して入院したあとのことでした。
どのタイミングだったかははっきり覚えていませんが、自宅の鍵のかかる引き出しの中から見つけました。

そこには、できるだけ自然な形で人生を終えたいという母の希望が書かれていました。
回復の見込みがないと診断された場合には、人工呼吸器や胃ろうなどによる延命治療はしないでほしい。ただし、苦痛を和らげる処置はしてほしい。そんな母の意思が、はっきりと残されていました。

退院後、そのまま母は介護施設へ入所しました。
入所の際には、母が手紙に書いていた延命治療についての意思を往診医にも伝えました。

施設に入ってしばらくして、母は誤嚥性肺炎を起こし、救急搬送されて入院したこともあります。
そのときにはすでに口から食べ物を摂ることができなくなっていましたが、治療によって一度は回復し、施設へ戻ることができました。

その後、いったんは再び口から食べられるようになったものの、次第に誤嚥が常態化していきました。
そして2022年11月、母は施設の自室で静かに息を引き取りました。
施設の方が気づいたときには、すでに呼吸が止まっていたそうです。
苦しまずに逝けたと聞いて、私たちは安堵しました。

もし母の希望を知らなかったら。
「まだ何かできるのではないか」「もっと治療を続けるべきではないか」と迷ったり、
兄と私で意見が違っていたりしたら、きっと、いろいろな迷いや葛藤が生まれていたと思います。

けれども私たちは、母が元気なときに自分の意思を言葉にして残してくれていたからこそ、「母が望んでいたのだから」と納得して判断することができました。
あの手紙は、母自身のためのものであると同時に、残される私たちのためのものでもあったのだと、今になって改めて思います。

では、自分のときはどうするのだろう

そして映画を観ながら、当然、自分自身のことも考えました。
私も母と同じように、回復の見込みがない状態になったとき、ただ命を長く保つためだけの延命治療を受けたいとは思いません。

できることなら、管につながれながら命だけを長く保つのではなく、苦痛を和らげてもらいながら、できるだけ自然な形で人生を終えたい。
母の手紙を読んだときはあまりピンときませんでしたが、この映画を観て、その思いが強くなりました。

ただ、母と私には大きく違うところがあります。
母には、兄と私がいました。
母の意思を知り、それを医療者に伝え、必要なときには判断する家族がいたのです。
一方、私は今、一人で暮らしています。

映画の本多夫妻のように、家で最期を迎えたいと思ったとしても、そばで日々の変化を見守り、在宅医や訪問看護師と連絡を取りながら支えてくれる家族はいません。

映画を観ながら、「私に在宅での看取りという選択はできるのだろうか」と考えてしまいました。
もちろん、おひとりさまだから在宅医療を受けられない、ということではないでしょう。
実際にどのような支援があれば可能なのかについては、きちんと調べてみたいと思っています。

けれども少なくとも、映画の本多の穏やかな最期を支えていたものの一つが、妻しぐれの存在だったことは確かです。
自分が意思を伝えられなくなったとき、誰がその意思を知っているのか。誰が医療者と話すのか。
誰が自分に代わって「本人はこう望んでいました」と伝えてくれるのか。

そして、自分が望む最期をどのように支えてもらうのか。
家族のいない私の場合には、母とは違う形でそこまで考えておく必要があるのでしょう。

『痛くない死に方』は、単純に「病院ではなく自宅で死にましょう」と勧める映画ではないと私は感じました。
むしろ前半では、在宅であっても、適切な医療や支援がなければ患者も家族も苦しむという現実を容赦なく見せます。

そのうえで後半では、「では、穏やかな最期とはどのようなものなのか」を、本多夫妻と成長した河田の姿を通して見せてくれます。



病院なのか。施設なのか。自宅なのか。
「どこで最期を迎えるか」はとても大切です。

けれども、それ以上に、自分はどう生き、どう人生を終えたいのか。
そして、その意思を、誰に、どのように伝えておくのか。



そこまで考えることが、自分らしい最期につながっていくのだと思います。
母はそれを、80歳のときの手紙という形で私たちに残してくれました。
では、私はどうするのだろう。

「救急車 在宅看取り 夢と消す」



映画が終わっても、この言葉が心に残っています。
どこで死にたいのかだけではなく、どんなふうに最期まで生きたいのか。
そして、その希望を誰に、どのように託すのか。
まだ元気な今だからこそ、私自身も考えておきたいと思います。


【参考サイト】
長尾和宏医師 映画『痛くない死に方』紹介ページ
日本尊厳死協会 リビング・ウイルについて
日本緩和医療学会 診療ガイドライン
Cinema Factory 高橋伴明監督インタビュー
nippon.com 高橋伴明監督インタビュー






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この記事を書いた人

堀 亜砂子

堀 亜砂子

税理士・相続対策コンサルタント
~想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人

税理士歴26年、法人・個人含め13,000件以上の相談対応。
個人事務所、ビッグ4税理士法人、外資系事業会社、国税不服審判所、
資産税系税理士法人を経て2023年独立。

将来を約束した恋人が30代で急死、
その後も尊敬する上司の急逝、実母の他界など、
大切な人が突然この世からいなくなる経験を重ねたことから
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