想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人
相続対策コンサルタント
堀亜砂子です!
先日、Audibleで、杉山響子さんの『憤怒の人―母・佐藤愛子のカケラ』を聴きました。
佐藤愛子さんといえば、185万部を突破したベストセラー『九十歳。何がめでたい』の著者としても知られる作家です。
歯に衣着せぬ物言いと、世の中の理不尽なことへの激しい怒りから、「憤怒の人」「怒りの佐藤」とも呼ばれてきました。
『憤怒の人』は、その佐藤愛子さんの娘で、長年一つ屋根の下に暮らしてきた杉山響子さんが、衰え、少しずつ記憶を失っていく母の姿と、自身の記憶の中にある母との濃密な思い出を綴ったエッセイ集です。
今年4月29日、佐藤愛子さんは102歳でその生涯を閉じられました。
世間が知る豪快で痛快な作家・佐藤愛子さんと、娘だけが知る一人の母親としての佐藤愛子さん。その二つの姿が、この本には描かれています。
現在の母との日々を見つめながら、娘の記憶は幼い頃からのさまざまな出来事へと行き来します。
愛情だけでもなく、尊敬だけでもない。
腹立たしさや、やるせなさ、哀しさ、そして失われつつある母への愛おしさが入り交じった、まさに母と娘の長い歴史をたどる本です。
けれども、私がこの本を聴きながら何度も思い出したのは、晩年の母のことでした。
人との関係がわからなくなるということ
本の中で、認知症になった佐藤愛子さんが、娘の響子さんを自分の姉だと思い込み、「私はあなたを産んでいない」と言う場面があります。
そのやり取りがあまりにもリアルで、母のことを思い出しました。
母も、私の名前はわかっていました。
けれども、私のことを自分の娘だとわからなくなっていた時期がありました。
認知症になると、すべての記憶が一斉になくなるわけではありません。名前は覚えていても、その人との関係がわからなくなることがあります。
昔の記憶と今とが入り混じり、自分が子どもだった頃の世界に戻ってしまうこともあります。
目の前にいる娘を、姉や知人だと思ったり、現在の出来事を遠い昔のこととして受け止めたりする。時間の前後や人との関係性が、少しずつ入れ替わっていくのです。
佐藤愛子さんと響子さんの会話を聴きながら、「ああ、母もそうだった」と、何度も思いました。
母が私を娘だと認識していないと気づきながらやりとりを続ける切なさも、久しぶりによみがえってきました。
母とつながるための言葉
本の中に、「よかったね、とか、美味しい?とかしか母と繋がる言葉はない」という趣旨の言葉が出てきます。
この言葉にも、とても共感しました。
以前のように会話をすることが難しくなり、こちらの話がどこまで伝わっているのかもわからない。
それでも、何か声をかけたい。少しでも安心してほしい。
そんなときに交わせるのは、「おいしいね」「よかったね」といった、ごく短くてやさしい言葉だけになっていきます。
母の入院中、私を娘だと認識しなくなっていた頃、病室で童謡をひたすら歌って聞かせたことがあります。
子どもを育てたことのない私が、まるで子どもをあやすような気持ちで、思い出せる限り何曲も何曲も、繰り返し歌い続けました。
歌の意味をどこまで理解していたのか、私の声を娘の声として聞いていたのかはわかりませんが、心なしか母の表情は子供のように無邪気で安らいで見えました。
会話が成り立たなくなっても、言葉以外の何かでつながることはできる。
あのときの私は、そう信じたかったのだと思います。
きれいごとではない母と娘の日々
この本には、認知症になった母との暮らしが、きれいごとではなく描かれています。
話がかみ合わなかったり、何度も同じやり取りを繰り返したり、思いもよらないことを言われたりする。
傍から見れば、思わず笑ってしまうような場面もあります。
けれども、その場にいる家族にとっては、いつでも笑えることばかりではありません。
戸惑ったり、腹を立てたり、つい強い口調になってしまったりする。そして、あとになって自分を責めてしまう。その繰り返しなのです。
本の紹介文には、響子さんの次の言葉が掲げられています。
かなわん人だった。うるさい人だった。何度クソババア、と思ったかわからない。
けれどこうして母との思い出をたどっていくと、冷えて固まった火山岩のところどころにキラキラ瞬いているカケラを見つけるのだ。それは雲母のようで水晶のようで私はしばし見入ってしまう。するとみるみる遠い昔に引き戻され、忘れていたいろいろが色鮮やかによみがえってくる。
母との関係を「冷えて固まった火山岩」にたとえながら、その中にキラキラと光るカケラを見つけていく。
この表現には、響子さんと佐藤愛子さんの関係だけでなく、この本全体の魅力が凝縮されているように感じます。
決して穏やかで優しいだけの母ではなかった。娘にとって、扱いにくく、腹立たしく、「かなわん人」でもあった。
それでも、長い年月の中には、忘れていた愛情や、今になってようやく意味がわかる出来事が残っている。
現在の母を見つめることが、遠い過去の母との記憶を呼び起こしていくのです。
響子さんが書いた、「今の母に対する憐憫と『クソババア』」という言葉も、強く心に残りました。
弱っていく母をかわいそうに思い、切なく感じる一方で、現実に世話をする家族には、腹立たしさや苛立ちもあります。
相反する感情が、どちらも嘘ではなく同時に存在する。その率直さに、母と娘の現実が表れているように感じました。
私は母の身の回りの世話を自ら担っていたわけではないので、晩年の母に対して「クソババア」と思ったことはありません。けれども、かつての母とは変わってしまった姿を前にして、憐憫や切なさ、哀しさを感じ、涙が出そうになったことは何度もあります。
会話がかみ合わず、思いやりのない言葉をぶつけてしまったこともありました。
目の前には母がいる。けれども、以前のように話すことはできない。
私の名前は知っていても、娘だとはわからない。
その現実をどう受け止めればよいのか、わからなくなりました。
響子さんも、母に振り回され、腹を立てながら、それでも母を見捨てることはありません。
佐藤愛子さんを立派な母として美しく描くのでもなく、自分を献身的な娘として見せるのでもない。
母と娘だからこその遠慮のなさや、長年積み重なってきた複雑な感情が、そのまま書かれています。
そこには確かに愛情がある。
だからこそ、この本は認知症になった有名作家の晩年を描いた本というだけではなく、一組の母と娘の物語として心に残りました。
『憤怒の人』が残したもの
佐藤愛子さんは、なぜこれほどまでに怒り続けたのか。
理不尽なことを見過ごせなかったからなのか。曲がったことが嫌いだったからなのか。
それとも、怒ることそのものが、佐藤愛子さんの生きる力だったのでしょうか。
読み始めたときには、『憤怒の人』というタイトルを、単に怒りっぽい佐藤愛子さんを表したものだと思っていました。
けれども、娘の響子さんが見つめた母の姿を知ると、「怒り」だけで佐藤愛子さんを語ることはできません。
頑固さも、激しさも、ユーモアも、弱さも、優しさも、そのすべてを含めて佐藤愛子さんという一人の人だったのでしょう。
「憤怒の人」「怒りの佐藤」と呼ばれた有名作家も、娘の前では、うるさく、かなわなくて、何度も「クソババア」と思わせる一人の母でした。
一方で、火山岩の中に残った雲母や水晶のように、娘の記憶の中には、今になって輝きを増す母との時間も残っていました。
認知症になり、人との関係や時間の流れがわからなくなっても、その人が歩んできた人生までなくなるわけではありません。母が私を娘だとわからなくなったとき、私は母とのつながりが消えてしまったようで、寂しく感じました。
けれども、今になって思えば、母が私をどう認識していたとしても、私が母の娘であることに変わりはありませんでした。
母が生きてきた時間も、私と過ごした日々も、消えてしまったわけではありません。
病室で童謡を歌い続けたあの時間も、母が私を娘だと認識できなくなっていた時間も、私たち母娘の長い歴史の一部です。
『憤怒の人』を聴きながら、私は佐藤愛子さんの人生を知ると同時に、母との時間を静かに振り返っていました。
相続や認知症への備えについて考えるとき、制度や手続きはもちろん大切です。
けれども、その前にあるのは、一人の人が生きてきた人生であり、家族との長い歴史です。
記憶や言葉、人との関係性が失われていくように見えても、その人が生きてきた人生や、家族と積み重ねてきた時間まで失われるわけではありません。
『憤怒の人』は、そのことを改めて思い出させてくれた一冊でした。
「突然の別れ」は、誰にとっても他人事ではありません。
だからこそ、“その時”が来る前に、できる準備を。
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