言葉にならない感情をそのままに ―映画「白鳥とコウモリ」を観て

堀亜砂子
堀亜砂子

想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人
相続対策コンサルタント
堀亜砂子です!

9月4日に公開された映画『白鳥とコウモリ』を観てきました。
原作は、東野圭吾さんの同名小説。
松村北斗さんと今田美桜さんがW主演を務めています。

善良な弁護士が殺害され、一人の男が犯行を自供するところから物語は始まります。
事件は解決したはずなのに、容疑者の息子・倉木和真と、被害者の娘・白石美令は、それぞれ自分の父の言動に拭いきれない違和感を抱きます。

本来なら出会うはずのなかった二人が手を取り合い、事件の真相を追っていく――。
東野圭吾さんらしいミステリーでありながら、単に「犯人は誰なのか」を追う物語ではなく、その奥にある「罪と罰」という重いテーマが描かれています。
公開されたばかりなので、物語についてはこのくらいにしておきます。



もともと個人的に大好きということもありますが、松村北斗さんが、とてもよかった…
父親が犯したとされる罪に向き合いながら、疑い、戸惑い、真実を知ろうとする和真の揺れが静かに伝わってきます。



そして、三浦友和さんがなんとも沁みます。
多くを語らなくても、そこにいるだけで、その人が背負ってきた年月や言葉にならない何かまで伝わってくるようでした。

映画を観ている間、物語を追いながら、私はずっと胸の奥に何かを感じていました。

苦しいような。
切ないような。
哀しいような。

でも、そのどれもしっくりこない。
「つらい」とも少し違うし、「悲しい」だけでもない。
いろいろな感情が入り混じったような、胸の奥を静かに押され続けているような感覚でした。

そして映画を観終わってからも、「私はいったい、何を感じていたんだろう」とうまく言葉にできませんでした。

言葉にすることで見えてくるもの

以前、相続に関する個別相談について、「言語化すること」には大きな力があるというブログを書きました。

その中で、悩みを言葉にすることによって、無意識の中に沈んでいたものが意識できるところまで上がってきたり、
頭の中に抱えていたものを外へ出すことで思考を整理できたり、人に話して共感してもらうことで心が軽くなったりすることについて書いています。

相続のご相談では、最初から問題が明確になっているとは限りません。

「なんとなく不安」
「何から手をつけたらいいのかわからない」
「とにかくいろいろ教えてほしい」

そんな状態でいらっしゃる方も少なくありません。

こちらから質問しながら、ご自身の言葉で話していただく。
そうして頭の中にあったものを一つずつ言葉にしていくうちに、
「私が本当に心配していたのは、これだったんですね」と、ご自身で悩みの正体に気づかれることがあります。

以前、相続にまつわるお金の相談をされた方が面談のあと、
「お金のことを相談していたのに、なぜか癒されました」と、
すっきりした表情でおっしゃったこともありました。

言葉にすることで、漠然としていたものに輪郭が生まれる。
輪郭が見えれば、その問題をどう扱えばいいかも考えられるようになります。
だから私は今も、言語化することには人を助ける力があると思っています。



それは「問題」だけではなく、「感情」についても同じです。

「あのとき私は悲しかったんだ」
「本当は悔しかったんだ」
「寂しかったんだ」
「腹が立っていたんだ」

そんなふうに感情に名前をつけた瞬間、それまで行き場のなかったものが、ようやく自分の中に居場所を見つけることがあります。



私の感覚では、これについては「感情の成仏(じょうぶつ)」という言葉がしっくりきます。
ずっと心の中を漂っていたものを見つけて、「そこにいたんだね」と認めてあげる。
それだけで、固まっていたものが少しゆるんだり、抱えていた感情が少しずつ昇華されていったりすることがあります。

でも、言葉にならないものもある

一方で、私は昨年、別の切り口で次のブログも書いています。

凪良ゆうさんの『流浪の月』をAudibleで聴いたことがきっかけでした。
その作品に描かれた二人の関係は、恋人とも家族とも、依存とも言い切れない。

何かひとつの名前をつけてしまうと、かえってそこにあるものを取りこぼしてしまうように感じました。
そこで私は、「無理に意味づけしなくてもいい」「わからないままで生きていい」と書いたのです。

人は、起きた出来事にも、自分の感情にも、つじつまの合う説明をつけたくなります。
原因を探して、名前をつけて、「だから私はこう感じるんだ」と納得したくなる。

けれど、名前をつけなくても、整理できなくても、そのままそこにあるものを認めていいのではないか。
そんなことを書いた記事でした。


今回『白鳥とコウモリ』を観ていて、そのことをもう一度、今度は自分の感情を通して感じました。



映画を観ながら胸の奥にあったものを、私は何とか言葉にしようとしていました。

苦しいの?

切ないの?

哀しいの?

どれも間違ってはいません。けれど、どれか一つの言葉に決めてしまうと、何か大事なものがこぼれ落ちてしまう。
そこで途中から、無理に名前をつけるのをやめました。

「何を感じているかわからない」それでいいことにしたのです。

言葉にすることと、そのまま味わうこと

これは、以前書いた「言語化することには力がある」という話と矛盾するものではないと思っています。
言葉にすることで癒される感情があります。
言葉になったことで初めて、自分自身がその感情に気づき、受け止めてあげられることもあります。

それによって、いわば感情が「成仏」し、少しずつ昇華されていくこともある。
でも、ときには、その作業を急がなくてもいい。

すぐに「これは悲しみだ」「これは後悔だ」「私はこの出来事から、こんなことを学んだ」と整理しなくてもいい。
まして、「この経験にはこんな意味があった」と、きれいな意味づけをする必要もありません。

感情というものは、いつでも問題のように「解決」しなければならないものではないのでしょう。
そこにある間は、そこにいてもらう。


苦しいなら、苦しさを。切ないなら、切なさを。
それすらよくわからないなら、
よくわからないままの感情を、そのまま味わってみる。

それも、自分の感情を大切にする一つの方法なのだと思います。
言葉になるときが来たら、そのとき言葉にしてあげればいい。
最後までうまく言葉にならなかったとしても、それでいい。

むしろ今の私にとっては、

「うまく言葉にできない」という言葉そのものが、映画を観ていたときの心をいちばん正確に表しているように思います。

私たちは、何かを経験すると、そこから学びを得ようとしたり、自分なりの答えを出そうとしたりします。
映画を観たあとですら、「この作品から何を感じたのか」「何を伝えたいのか」と、ついきれいにまとめたくなります。

でも、すべてを言葉にしなくてもいい。
すべてに意味を見つけなくてもいい。
人の心は、そんなにきれいに整理できるものではないと思うから・・・

『白鳥とコウモリ』を観ながら胸の奥にあったあの感覚は、今もまだ完全には言葉になっていません。
だから今は、無理に片づけずに、もう少しそのまま味わっておこうと思います。

言葉にすることで、そっと昇華されていく感情もあります。
一方で、「まだ言葉にならないね」と、その輪郭のないものをただ心に置いておく。
そんな時間にも、きっと意味とは別の尊さがあるのだと思います。


 





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この記事を書いた人

堀 亜砂子

堀 亜砂子

税理士・相続対策コンサルタント
~想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人

税理士歴26年、法人・個人含め13,000件以上の相談対応。
個人事務所、ビッグ4税理士法人、外資系事業会社、国税不服審判所、
資産税系税理士法人を経て2023年独立。

将来を約束した恋人が30代で急死、
その後も尊敬する上司の急逝、実母の他界など、
大切な人が突然この世からいなくなる経験を重ねたことから
生前に想いをしっかり伝え合い
その日のためにできる限りの備えをしておくことの
大切さを多くの人に伝えるべく活動しています。