NHKドラマ『憶えのない殺人』を観て――認知症になったら「人として終わり」なのか?

堀亜砂子
堀亜砂子

想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人
相続対策コンサルタント
堀亜砂子です!

先日、NHKドラマ『憶えのない殺人』前編・後編を録画して観ました。

東京郊外の駐在所勤務だった佐治英雄(小林薫)は、十年前に退職し、妻に先立たれた後は一人暮らしをしています。
ある日、近所で殺人事件が起き、刑事の北嶺亜弓(尾野真千子)が佐治のもとを訪ねてきます。

殺された男性は、佐治が現役時代にストーカー事件で逮捕した人物でした。
捜査が進むにつれて、佐治に疑いの目が向けられていきます。

けれど、佐治自身にも、その時間に自分が何をしていたのか、はっきりとした記憶がありません。
元警察官として無実を証明したい。
一方で、自分でも気づかないうちに何かをしてしまったのではないか。
自分の記憶を信じることができなくなった主人公の不安が、殺人事件の捜査と重なりながら描かれていきます。

「ずっと他人事だと思ってたよ」

特に印象に残ったのは、自分は認知症かもしれないと医師に告げられたあとの佐治の言葉でした。
亡くなった妻に向けるように、ひとりで語ります。



「(認知症なんて)ずっと他人事だと思ってたよ。万が一そうだとしたら、お前の生き方の方が正解だ。
生きて誰かに迷惑かけずに済む。」


そして、殺人現場の近くにあるコンビニへ出向いて騒ぎを起こし、警察に連れて行かれた場面。
佐治を心配する医師から、認知症の可能性があることを警察に伝えようと言われると、佐治は激高します。

「私は認知症じゃない!認知症で、何もわからなくなるなんて、人として終わったようなもんじゃないか。
そんな情けないことがあるか!」

自分は認知症ではないと信じたい。
けれど、その言葉の奥には、自分がそうなってしまうことへの強い恐れがありました。

警察官として働き、自分の判断力や記憶を頼りに生きてきた佐治にとって、それらを信じられなくなることは、自分自身を失うことにも等しかったのでしょう。

「誰かに迷惑をかけるくらいなら、生きていない方がよい」その言葉を聞きながら、私は母のことを思い出していました。

母の変化に戸惑った日々

母が施設に入ったあと、妄想にとらわれ、話のつじつまが合わないことを言うようになった時期がありました。



施設の食堂のテレビで私たち家族を中傷する番組が放送されている。
施設のみんなが自分の悪い噂をしている。

それまでの母からは想像できない言葉が、次々と出てきました。
不安になると、日に何度も私の携帯へ電話をかけてくることもありました。



施設の往診医に勧められ、精神科の受診に付き添ったことがあります。
そのときは医師からの質問に対し、母はそのまま繰り返すように答えていました。
いわゆる長谷川式のような認知症検査を受けたのか、そのあたりのことは、今となってはよく覚えていません。

ただ、目の前にいる母が、以前の母とは違ってしまったという現実をどう受け止めればよいのかわからず、戸惑いを覚えました。それでも、母が「何もわからない人」になったわけではありませんでした。



調子のよいときには会話もできました。
私や兄のことを気遣う言葉をかけてくれることもありました。

何を覚えていて、何を忘れてしまったのか。
毎日そばにいるわけではなく、たまに施設で面会するだけの私には、わからないことがたくさんありました。
けれど、わからないことが増えたからといって、母が母でなくなるわけではありませんでした。

認知症になったら、人として終わりなのか

認知症になれば、それまでできていたことができなくなります。
判断を誤ったり、誰かの手を借りなければ暮らせなくなったりします。

家族にとっても、きれいごとだけでは済まない現実。
私も母の言動に戸惑い、何度も振り回されました。
母のためによかれと思って決めたことが、本当に母の望んだことだったのかと、後になって考えたこともあります。
延命治療などに関する希望は手紙に残してくれていましたが、細かい日常の選択について、本人が本当はどうしたかったのか、知る由もありません。

だから、佐治が口にした恐れを、簡単に否定などできません。
ドラマのように、「殺人を犯したかもしれない」とまで行かないまでも、自分のことが自分でわからなくなる。
誰かに迷惑をかける。それまで築いてきたものを失ってしまう。

認知症を自分のこととして考えたとき、怖いと思うのは当然です。
けれど、母を見送った私には、「認知症で何もわからなくなったら、人として終わり」という言葉には、どうしてもうなずくことができないのです。

確かに、以前とは別人のようになってしまったのを目の当たりにしたときは、大きなショックを受けました。
それでも母は、最後まで私の母でした。

『憶えのない殺人』は、認知症で記憶を失う恐怖を、殺人事件の謎とともに描いたドラマです。
けれど私の中に残ったのは、犯人が誰なのかということ以上に、記憶や判断力を失うことは、その人自身を失うことなのか。誰かの手を借りて生きることは、情けないことなのか。という問いでした。

「ずっと他人事だと思ってたよ。」
認知症は、決して他人事ではありません。
私自身も、この先どうなるかはわかりません。

それでも、何かができなくなったときにも、一人の人として大切にされたい。
そして、自分も目の前の人を、その人のまま大切にできる人でありたい。
ドラマを観ながら、そんなことを何度も考えていました。





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この記事を書いた人

堀 亜砂子

堀 亜砂子

税理士・相続対策コンサルタント
~想いと豊かさを未来へ繋ぐ案内人

税理士歴26年、法人・個人含め13,000件以上の相談対応。
個人事務所、ビッグ4税理士法人、外資系事業会社、国税不服審判所、
資産税系税理士法人を経て2023年独立。

将来を約束した恋人が30代で急死、
その後も尊敬する上司の急逝、実母の他界など、
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